…久しぶり


帰り。
電車に乗り込み
シートのいちばん端、ドア側に座れた。
今日は運良くその座席に着くことができた。
これでゆっくり寝て帰れるな、と思っていた。
しかし、発車間際に乗ってきた人を見て
とてもじゃないがおちおちと眠れる状況ではなくなってしまった。



鞄から本を出しページを広げてみた。
活字を目で追ってゆくが、左ナナメ向かいが気になって仕方ない。
本を見ている筈なのに、どうしても視界の端に写る姿がある。
これでは内容が頭に入ってくるわけがない。
この距離では話しかけるにしては遠すぎる。
それ以前に話しかけてよいのだろうか。




駅に着き人がたくさん降りた。
あいた席に座るため左ナナメ向かいの人が移動する。
どこに座ったのか正確には分からないが
だいたいの位置は検討がついた。
私の座っているシートの右隣
それの正面にあるシートに居るはずだ。
場所は分かった。
自分の降りる駅までは、あと15分しかない。
話しかけるべきか、止めるべきか。




最後に会ってから6年以上経っている。
私の事を覚えているだろうか。
いや、きっと覚えてはいるだろうが
話しかけてそっぽを向かれてはやるせない。
はたしてどうするべきか。



何だか緊張してきた。
もう次の駅で降りなければならない。
最近こんなに緊張したことがはたしてあっただろうか。



声を掛ける
こんな簡単な事だけど、コレが結構難しい。
話しかけない方が簡単だが
それではきっと後で後悔する。
あとで「話しかけていれば」と悔いるより
話しかけて思うようにいかない方がまだ納得できる。
きっとこれから、バッタリ会う事なんてないだろうからな。
出来る事は精一杯やっておきたい。
何より、もう一度話しをしたい。



立ち上がって、居場所を確認する
目の前までゆっくり歩いてきて立ち止まる。
なんだか心臓の音が聞こえるような気がした。
ここまで来たのだ。もう考える事はない。
一呼吸おいて、顔をみて名前をよんでみる。



「○○…‥・  さん」



こちらを向いてから
ちょっと驚いたような顔をする。
「ひさしぶり」
と、もう一言続けてみた。




少し困ったように笑ってから
「座ってたの気がついてたよ」
と私をみて答えた。





それから メガネを掛けてる と笑われて
ひとこと、ふたこと
言葉を交わして分かれただけ。



1分にも満たない短い時間だったけど
話しかけて本当に良かった。




またいつか、何処かであいたいな。